近松物語~江戸時代のコンテンツ力~

映画・美術

映画「国宝」を観てきました。評判通りの力作で、3時間の上映がアッという間に終わる内容の濃さでした。主人公が人生の岐路に立った演目は近松門左衛門の「曽根崎心中」のお初役といえるでしょう。俳優陣が2通りの「お初」を演じてくれたのは眼福でした。

近松作品を題材とした日本映画は昔から存在し、すべて鑑賞はできていませんが、「近松物語」は印象に残った作品です。

溝口監督作品は近松と相性が良いのか、女性が恋で人生が崩れる様を美しく描いてくれます。

「近松物語」は完全な近松作品ではなく脚色されていますが、江戸時代に広まった「おさん茂兵衛」の話を基にしています。本稿では、この物語の魅力について触れていきます。

元禄文化の風俗が楽しめる

近松物語で一番目に引いたのは、香川京子演じるおさんの髪型です。

江戸の時代劇で登場する島田髷より古い髪型で、日本史の教科書に記載している初期の浮世絵・琳派の風俗を実写化したような感覚がありました。白黒映画ですが、着物の生地に艶があり品の良さが漂っています。

京間造りの座敷や中庭、おくどさん(かまど)といった美術セットは、関西の江戸風俗を丁寧に再現しています。茶道の所作が日常生活で自然に馴染んでいたり、時代考証が物語に厚みをつけています。

溝口監督のカメラ目線は、引きの画が多いのも特徴です。引いた画が初期の浮世絵の鈴木春信のようなスタイルで風俗がわかりやすい。白黒映画なので、襖の影も効果がでています。

息苦しい世界

江戸時代の格式のある家に嫁いだおさんは、薄い障子で監視されているのか、自由のない世界のなかで自分を保つ難しさ、しがらみが描かれています。その姿は谷崎潤一郎の小説に登場する上方のお嬢様の薄暗い世界を連想させます。

旦那様とは夫婦として緊張感ある関係で愛情はない、茂兵衛の誠実さや自分を構ってくれる姿に自然と心が動くのは当然のことかもしれません。

お金が絡む主従関係、行き場のない世界観がうまく表現されています。

逃げる・追う・情動の赴くまま

事情が重なり、おさんと茂兵衛は逃避行に踏み出します。しかし茂兵衛は途中でおさんを置き去りにしてしまいます。主従関係がそうさせているのでしょうが、おさんは幼子が母を探すかのように茂兵衛を狂ったように追います。

身分も立場も失った二人を、世間は放ってはおきません。

不義・密通として処される二人、とくにおさんは晴れやかな顔をして群衆のなか刑場へ向かうシーンが印象に残っています。心中ではなく、世間に裁かれることを選んだ二人。近松の心中物と趣向は違いますが、刑場までの道のりは立派な「道行」でした。

おさん茂兵衛

京都の実話が題材です。(詳細はウィキペディアを参照)

当時、この事件は大きな話題を呼びました。興味深いのは物語化してからアレンジが加わり、江戸庶民の娯楽として消費されていった点です。「曽根崎心中」も実話に基づいていますが、メディアが少なかった時代には、こうした衝撃的事件が時間をかけて芸能へと昇華されていったのです。

まとめ

豪華な俳優陣の魅力に加え、『近松物語』はまるで文楽人形を実写にしたかのような美男美女が登場し、江戸時代の価値観の息苦しさを実感させてくれる映画でした。そして、その息苦しさの反動のように、終盤にかけて二人が死を恐れず、むしろ解放として受け入れる姿が強く胸に残りました。

現代も実際の事件を題材に映画化や小説化になることはあります。それと同じように、石碑が残り、長年語り継がれてきた演目は庶民に深く愛されてきたのでしょう。

物語化し石碑があることで聖地巡礼もできるコンテンツの力は、今の日本と連綿と続いているのかもしれません。

国宝 (上) 青春篇 (朝日文庫)
1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」――侠客たちの怒号と悲鳴が飛び交うなかで、この国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄。任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み、喜久雄の人生を思わぬ域にまで連れ出していく...
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